大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和39年(行ケ)52号 判決

原告

伊藤政蔵

右訴訟代理人弁理士

松田喬

被告

特許庁長官

佐橋滋

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  請求の趣旨

「昭和三十七年審判第一、二四二号事件について、特許庁が昭和三十九年四月二日にした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求める。

第二  請求の原因

一  原告は、昭和三十五年十二月二十六日「折畳紙函」の構造について、特許の出願(昭和三十五年特許願五〇、八六九号)をしたところ、昭和三十七年五月二十八日拒絶査定され、同年六月四日その謄本の送達を受けたので、同年七月四日これを不服として審判の請求(昭和三十七年審判第一、二四二号)をすると同時に、実用新案法第八条第一項の規定により右特許出願を実用新案登録出願に変更したが、特許庁は昭和三十九年四月二日に、「本件審判請求人(原告)は、昭和三十七年七月三十一日に本件の特許出願を実用新案法第八条の規定により実用新案登録出願に変更した。したがつて、本件請求審判は、目的物がないものに帰するから、不適法な請求として、却下すべきものとする。」という理由により、「本件審判の請求を却下する。」旨の審決をし、その審決謄本は、昭和三十九年四月十五日原告に送達された。<以下省略>

理由

一  原告主張の請求原因一の事実は、当事者間に争いがない。

二  右当事者間に争いがない事実並びにその成立に争いのない甲第六、第七号証によると、原告は本件特許出願について拒絶査定の謄本の送達を受けた日から三十日以内である昭和三十九年七月四日に右拒絶査定を不服として、「原査定を破毀する。本願は更に審査に付すべきものとする。又は、原査定を破毀する。本件発明は特許すべきものである。」との審決を求めるとの特許法第百二十一条による審判請求書を特許庁長官に提出すると同時に、実用新案法第八条第一項の規定により右特許出願を実用新案登録出願に変更する旨の実用新案登録願を特許庁長官に提出したものであるから、実用新案法第八条第四項の規定に基づき、本件特許出願は、右実用新案登録願の提出により、出願の変更のあつたときに取り下げられたものとみなされ、したがつて、本件特許出願による法律関係は右取下げにより消滅に帰したものというべきである。

原告は、特許法第百二十一条の規定と実用新案法第八条第一項の規定は、両立しうる規定ではないから、特許出願の拒絶査定に対する審判の請求をすると同時に、実用新案法第八条の出願の変更をすることはできないものであり、したがつて、同時にされた審判の請求及び出願の変更はともに瑕疵ある行為であるから、この場合審判長は補正命令を発すべきであるし、また、かような瑕疵のある出願の変更によつては実用新案法第八条第四項の規定により取下げの効果を生じない旨主張するが、実用新案法第八条第一項は、「特許出願人は、その特許出願を実用新案登録出願に変更することができる。ただし、その特許出願について拒絶をすべき旨の最初の査定の謄本の送達があつた日から三十日を経過した後は、この限りでない。」と規定し、出願の変更は、おそくとも特許出願についての最初の拒絶査定の謄本の送達があつた日から三十日を経過する前にすることを要件としているのみであつて、これ以外の要件について、法律は、何ら規定するところがないのみならず、これを実質的にみても、拒絶査定に対する審判の請求は、拒絶査定を不服として、再び当初の出願について審理を遂げ、自己に有利な査定を受けることを内容とするものであつて、当初の出願にかかる特許を受ける権利等の請求権を審理の対象とし、その本質においては出願と異ならない(このゆえに、特許法第百五十八条は、「審査においてした手続は、第百二十一条第一項の審判においても、その効力を有する。」旨規定し、拒絶査定に対する審判が審査手続の続審たる性格を有することを示している)のであるから、拒絶査定に対する審判の請求の有無は、実用新案法第八条による出願の変更でできるか、どうか、又は出願の変更の効力に対し何らの影響を及ぼさないものと解すべきである。しかして、この理は、特許出願の拒絶査定に対する審判の請求と実用新案法第八条の出願の変更が同時にされた場合においても同様であつて、これを別異に解すべき理由はない。なお、この場合、拒絶査定に対する審判の請求は、実質上不必要、無意味な手続をしたことに帰するが、このために右審判の手続行為自体が特許法第第百二十一条の規定に違反することにならないことは多く論ずるまでもない。

してみれば、原告のした実用新案登録出願への変更は、何らの瑕疵もない適法、有効なものであるから、前説示のとおりこの出願の変更により本件特許出願は、取り下げられたものとみなすべきであり、原告のこの点の主張は理由がないといわざるをえない。

また、原告は補正命令の点を云為するが、本件審判の請求及び出願の変更に何らの瑕疵がないことは前述のとおりであるばかりでなく、原告の援用する特許法第十七条第二項第二号にいう「方式」の違反による補正は、同法第十条の代理権の証明方法、同法第三十六条の願書における必要的記載事項、特許法施行規則第二十三条、第四十六条の様式等形式的事項に不備な点がある場合これらの不備の訂正をいい、手続の効力に関する実質的判断を前提として、その訂正ないしは釈明をいうものではないと解するを相当とするから、この点に関する原告の主張は採用することができない。

次に、原告は、本件審判が出願の変更のあつた日を昭和三十七年七月三十一日と認定したのは、昭和三十七年七月四日の誤りであり、事実認定に誤りがあるから、違法である旨主張し、本件審決に原告主張のとおり記載の誤りがあることについては、当事者に争いがないけれども、右が単なる誤記であることは弁論の全趣旨に徴し明らかであり、このことは何ら本件審決を違法ならしめるものではないから、原告のこの主張も採用の限りでない。

三 以上説示したところから明らかなとおり、審決が本件審判の請求は出願の変更により目的物がないことに帰したものとし、これを理由に、その請求を却下した点(なお、審決主文の表示は、その理由に徴すると、本件特許出願の取下げにより出願による法律関係が消滅し、審判手続が終了したことを示したものと解するに十分である。)には、何ら違法の点は存しないものといわなければならない

よつて、審決を違法として、これが取消しを求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官原増司 裁判官福島逸雄 武居二郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例